2006年(6年目)のトリライを振り返る!

投稿者: | 4月 26, 2020

2006年は年間34試合で13勝8敗13分(勝ち点47)との結果。

順位も8位とJ1昇格から4シーズン目で安心・安定した成績を残せるようになってきた。

いまや人気?Youtuberとなった高松大先生が攻撃陣を牽引した年でもあり、A代表にも選出されている。(周作もA代表入りした年)

年間を通して安定且つ、大崩れしなかった功労者は、エジミウソンとトゥーリオの2ボランチであることは誰の目にも明白だった。

さて、トリライの方は単身赴任生活3年目に入る。

単身赴任を始めたころは川崎市の社員寮に住んでいたが、古くなった社員寮を閉ざす事になったので、横浜市の社員寮に引っ越すように言われたのがこの年。

暑い日に引っ越しをした記憶があるが、2度目の関東転勤になった際、あの社員寮どうなったのか気になって見に行ったら、綺麗に改装されて大学の寮になっていた。

まあ、間取りを考えると効率的な再利用方法である。

川崎から横浜に引っ越して変わったことは、最寄り駅から歩く距離が長くなったこと。

川崎の頃は最寄り駅から徒歩5分程度。

横浜に引っ越してからは最寄り駅から徒歩20分程度、しかも帰りは上り坂。

これが幸いしたようで、2005年から始めたダイエットに顕著な結果出始めた。

会社の健康診断結果は超良好となり、人間はやっぱ食べ物と運動のバランスが大切であると思い知らされる。

日常の単身生活とトリニータネタで日々更新されていたトリニータライフだが、ある日のことネット上で交流のあつた(実際にお会いしたことはない)甲府サポのサイトから「アホサイト」としてエントリーされる。

当時のサイトがまだ残っており『通称Aカップ』と呼ばれていた。

特に投票してくれとトリライに書いたことは無いが、アホサイトNo1に輝いた。

ちなみにNo2の「ごご犬の部屋」とはトリライの宿敵であるお犬様こと「いぬろぐ」である。(現在は活動休止中との理解(また始めてくれることを期待している))

お犬様との懲罰バトル(結果は負けっぱなし)が、トリライをアホサイトNo1に導いたのかも知れない。

改めてエントリーされているサイトを眺めて見ると、既に閉鎖、停止状態で、時代を感じる。

当時はSNSがある訳でもなく、なんとなく波長の合いそうなサイトの管理人さんにメールを送り、交流が始まる。

今の時代だとSNSからオフ会などに発展したりするが、当時はネット上のやり取りとメール程度でクールに完結する。

私が好んだサイトは少し毒があるサイト。

懲罰バトルに発展するのは極稀で、よほど毒の波長が合うか、相手のノリが良いかのどちらかである。

ということで、当時最も波長の合った?お犬様については次回(7年目)の振り返りで書いてみたいと思う。